Aチャン




木下あゆ美のベストアクト「後は私にまかせなさい」

 木下あゆ美が初主演映画「マスター・オブ・サンダー」でついた役名はアユミだった。コミカライズ版では、そのものずばりグラビアアイドル兼女優の木下あゆ美が主人公になっていた。そして「Aチャン」では、スターダスト所属の売れないタレント兼OLの木下あゆ美を演じている。木下あゆ美は木下あゆ美を演じさせられる運命にあるようだ。というよりも映画やドラマのスタッフたちは木下あゆ美という存在を自分の作る作品の中にそのまま出したいと思っているのかもしれない。なんとも不可思議な話だ。植木等が初等や平均といった植木等のキャラを演じ続けていたことに通じるのかもしれない。植木等が観客の要求に応えて演じ続けた植木等のキャラクターはいわゆる無責任男なわけなのだが、木下あゆ美の場合は何か。

 おかしなもので、木下あゆ美は大女優なんかではないし、ブルーリボン賞や毎日映画コンクール、日本アカデミー賞、それらにノミネートされるような仕事はしていない。世間的な認知度から言えば未だに低い。2007年で25歳という年齢はグラビアアイドルとしては今更な感じがするが、「マスサン」や「ドラクエ」効果でイメージの若返りを果たしてはいる。で、木下あゆ美のパブリックイメージはどうか。関西ではエルハウジングのCMで明るいお姉さんとして認知されているだろうが、関東ではよくてジャスミンか、怨み屋どまり。クール&ビューティな愛人キャラ。特撮・ホラー系のジャンル女優。バラエティタレントとしての露出がないので、へらへらした天然ボケのキャラが公然とは認知されていない。巨乳ばやりのグラビアアイドル界では彼女の存在は変化球に過ぎない。それなのに何故、スタッフは「木下あゆ美」を描きたがるのだろうか。

 売り出し中の新人タレントがデビュー作の役名をそのまま生かして芸名にするケースは多々ある。しかし、この場合は逆だ。わざわざ新人女優の名前をキャラクター名にしてしまっている。事務所からの要請があるのかもしれないが、スタッフ側からの要求もあると思える。私には木下あゆ美がスタッフに愛されているせいだとしか思えない。一番、木下あゆ美の素に近いキャラクターは「マスサン」のアユミだと私は思うが、アクション映画なので実際の木下あゆ美とはイメージが違う感じもする。彼女自身はアクションを得意とはしていないからである。アクション俳優的な見方も出来なくはないが、すべては特訓の成果であって、彼女自身が格闘技の経験があったり、スポーツ万能という素材なわけではない。

 Aチャンの木下あゆ美は木下あゆ美が嬉々として演じた木下あゆ美像であると思える。このドラマは五人の若者が秋葉原の弱小広告代理店アキバチャンピオン社をIT企業として起業させる様子をドキュメンタリーの手法を取り入れながらドラマ化したものである。実在のIT企業の大物社長たちに取材し、起業のためのアドバイスを聞くという形式で、ネットビジネスの入門番組、教育番組としての側面を持っている。ブログを立ち上げて、アフィリエイトで稼いだり、ネットショップを作ってみたり、リアルタイムで放送していた時は様々な実験的な取り組みがされていた。実にインターネットならではのドラマだった。このドラマの主人公である五人の若者の中で、一番知名度があるといってよいのが木下あゆ美であり、彼女が主演であるといっても過言ではない。

 ここでの木下あゆ美のキャラクターはクール&ビューティな毒舌家。勝気で短気で意地っ張り。内心は姉御肌で仲間思いの情熱家。木下あゆ美の意識している「木下あゆ美」像はたぶんこういうキャラクターであり、本人公認のイメージがこれなのだろう。クランクアップの後で、「私はこんなにイジワルではない。」と苦言を呈してはいたが、ある程度は得心していたことと思える。無論、オフショットで垣間見える彼女の天真爛漫なキャラとは別なものなのだが、スタッフはどうしても彼女のイメージを固定したいらしい。彼女が本来持っている個性を自在に発揮するドラマとめぐり合うのはいつなのだろう。女優なのだから、自分を出すよりも役になりきるべきであることは勿論である。しかし明るい木下あゆ美も見てみたい。「結婚式へ行こう!」ではコメディエンヌぶりを発揮していたが、昼ドラの世界ではどうにも笑いのツボをつかみきれず、周りの役者たちもリアクションが取れないといった様子で、見ていて苦しかった。コメディエンヌの芝居の方がクール&ビューティを気取ってシラっとしているよりも何倍も難しいことの証明である。「しゃちっ娘」的なバラエティに挑戦して軽みのある芝居をもっと身につけて欲しい。デカレンやAチャンのようにクール&ビューティな彼女が、そのギャップを利用して積極的に笑いをりにいく事は難しくないのだが、「結婚式へ行こう!」のような、そもそも普通人の役柄の上で笑いを取りに行くのは難しい。

 艱難辛苦を乗り越えて、新しいサイトのプレゼンに励むAチャンであったが、絶体絶命の窮地が訪れる。このドラマは全体的に70年代風のドラマツルギーを持っている。21世紀の「あこがれ共同体」みたいなものだし、「俺たちの旅」みたいなものかもしれない。出演者の芝居がなっちょらんところがあるのだが、ラスト近くの盛り上がりは十分に感動的。途中で行方不明(怨み屋の撮影のためか?)になる木下あゆ美がどのような形で物語に復帰するかが、ドラマの鍵でもある。このドラマは主演ドラマとしてはベストかもしれない。何故ならこのドラマには寺島進が出ていないからだ。彼女のポジションは他の四人を支え、リードするものだったからである。