「わたし」の人生(みち) 我が命のタンゴ (2012年、ファントム・フィルム)
祖母の通夜で、弔問客の焼香を受ける家族の場面から始まる。祖父か橋爪功、父が斉木しげる、母が秋吉久美子、そして木下の四人が並ぶ。実に壮観。木下が橋爪功や秋吉下久美子と同じショットに収まっているだけでも感慨深い。家族なので当然なのだが、この四人は全編を通してずっと共演し続ける。木下にとってはかなりのプレッシャーであったろうが、映画の本筋を牽引するのは橋爪功と秋吉久美子である。
老人介護を正面から取り上げた本作品は段階を追って認知症や老人福祉の介護の有様を教育してくれるチュートリアル的な要素が満載である。この映画は娯楽映画ではなく、いわば人間ドラマであり、四苦の老を取り上げた真摯なものだ。橋爪功と秋吉久美子の演技は抜群であり、認知症で暴走する老人と介護疲れで鬱病になっていく娘を二人が巧みに演じている。脇役も豪華で、吉澤健や児島美ゆき、小倉久寛、入川保則、野呂圭介等々。マドンナ役の松原千恵子が美しい老女を演じている。秋吉久美子の妹役の冴木杏奈は女優というよりも現役のタンゴ歌手として著名な人物で、老人たちにタンゴダンスを教えるというキーマン的な存在である。タンゴを踊ることによって老人たちが活力を取り戻していくとうストーリーだ。
認知症は完治することはないが、その進行を遅らせることが出来る。年をとってからも情熱を持って生き続けことが何よりの処方箋。スーパー高齢化社会を迎える日本に警鐘を鳴らす映画である。「老い」は誰もが避けて通れない。要介護認定や成人後見人制度などいずれは向き合うことになる。この映画は地方の公民館などで今後も上映され続けていくのではないだろうか。
木下あゆ美は大学を卒業したばかりの娘役で、画面に花を添えている。介護施設の若手介護士が辻本祐樹。二人は松原千恵子の応援もあって恋人同士となり、タンゴ大会でタンゴを踊ったりなんかしてしまう。辻本は「特捜戦隊デカレンジャー」にゲスト出演したことがあるが、木下との絡みはなかったので。初共演といってよいだろう。市井の女性を演じることが少ない木下あゆ美にとって、待ちに待ったキャスティングといって良い。橋爪功が祖父で彼女は孫娘ということなのだが、ドラマはどうしても橋爪功と秋吉久美子や木冴木杏奈の親子関係にスポットが当たってしまうため、木下の存在感を強めることはできなかったのは映画のバランス的にいたし方のないところではある。しかし、祖父の暴走に苦慮したり、辻本とのダンスにドギマギしたりする初々しい女性をきちんと演じている。この映画の中で彼女は最年少のキャストといっても良く、若者世代の代表者である。様々な衣装、髪型で快活に登場する木下の様子をじっくりと鑑賞したいファンにはお薦めである。