渚のはなし




木下あゆ美、舞台へ挑戦

 中野に実在するスナック「ビーフラット」の人間模様を舞台化した芝居に木下あゆみが出演した。主演は長谷部優。木下は準主役というポジションだが、最初から最後まで舞台に出ずっぱりの熱演だった。ストーリーは渚(長谷部優)がビーフラットに流れてくるところから始まる。温厚なマスター(ダチョウ倶楽部の肥後克弘)の元に、個性豊かなホステスが集まるスナック・ビーフラットは和気藹々とした馴染みやすい雰囲気の店である。そこのナンバーワン・ホステスだったのが昼は女子大生で、留学費用を貯金しているという澪(木下あゆ美)。こう書いてしまうとホステス同士の客の奪い合い、火花を散らす愛憎劇かと思いきや、そんな展開は微塵もない。若干、他店のホステスとのいざこざはあるのだが、ビーフラット内は常に陽だまりのような穏やかさだった。常連客の親父や、渚の追っかけといった気のいいお客たち。個性豊かなホステスたちの人生模様。天真爛漫な渚の個性が明るく、ビーフラットの巡る季節を引っ張っていく。芝居の間中は心地良い演劇空間に酔った。

 木下あゆ美が演じた澪という女性は木下のために作られたような役だった。美人なのだが人見知りをし、自分の内面を語りたがらない。澪とは逆に誰とでもすぐに親しめる渚に対して、羨望と憧れを抱き続ける。人見知りをするような女性にホステスが勤まるのかというのは疑問だが、そもそも木下は女優なのに人見知りをするという芸能人にあるまじき変な個性を持っている。つまり木下あゆ美という女優のパブリックイメージ通りの役であったため、彼女の新しい面が見られたという作品ではなかったが、歌ったり、踊ったり、泣いたり、笑ったり、様々な表情を木下あゆ美は見せてくれた。

 長谷部優はハイテンションな渚というキャラクターを愛らしく演じていたが、木下は澪という気丈に振舞いつつも内面の弱さを隠せない不器用な女性を巧みに演じていたのではあるまいか。心を許した相手にはそれこそグダグダな自分をさらけ出してしまうので、それを自制して、ツンツンとしたクール(&ビューティ)な鎧を着ている。つまり、お高く留まっているように誤解されてしまうが、内面は傷つきやすいシャイなハートの持ち主。この辺りが、ここ数年で彼女がメディアを相手に築いてきた「木下あゆ美」のイメージなのだが、木下あゆ美は、この舞台で澪という役を演じる前に、「木下あゆ美」という自画像を演じていたように思える。

 中野・ザ・ポケットという小さな芝居小屋は俳優と観客の席が近い。二列目の中央という実に良い席に恵まれたこともあって、木下の危なっかしい演技にハラハラしながらも、間近でずっとキラキラしている彼女を見続けることが出来た。まさに至福の二時間だった。芝居の練習中に転んだのだろうか、彼女の生足にぺたんと貼られた絆創膏が忘れられない。